自宅から見える富士山🗻・・・今朝は、大きな傘雲がかかっていました。お天気が下り坂になるサイン。今、外は雨です あの日、地震雲に気づくことはありませんでした。

 東日本大震災から明日で8年。あの時私は、勤務していた小学校の1年生教室にいました。突然の大きな地震。すぐに子どもたちを机の下にもぐらせ、私は立ったまま「机の脚をしっかりつかんで」と声をかけるのがやっとでした。校庭の向こうに見えるプールの水は大きく波打ち、校庭に立つ照明塔は左右にグワングワン揺れていました。今まで感じたことのない大きな揺れ。30人以上いる目の前の小さな子どもたち。無事に避難させなきゃ・・・一瞬不安になったのを覚えています。

 全ての子どもを保護者に引き渡してから、職員室のテレビで見た津波の恐ろしい映像。本当にそこは日本なの?大きなショックを受けました。宮城県に住む同級生の顔が浮かびました。すぐにハガキを書きました。数週間して、その同級生から返事がきました。家族もみんな無事。でも、同僚や教え子たちに多くの犠牲者が出たと。夏休みを待ってボランティアに行った宮城県。大川小学校や南三陸町の防災庁舎・・・4ヶ月経った当時でも尚、津波の悲惨さを物語っていました。今も目に焼き付いて離れません。震災から8年、その年月が長かったのか短かったのか。けっして風化させてはならない。改めてそう感じました。